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「まず一つに本気になる。」——台湾留学、ホテル再生、事業承継を経て見つけた挑戦の原点

「まず一つに本気になる。」——台湾留学、ホテル再生、事業承継を経て見つけた挑戦の原点

二枝 徳英(ふたえだ よしひで)氏
FUTAEDA株式会社 代表取締役社長

学生時代は、夢や目標を明確に持っていたわけではなかったと話す二枝社長。しかし、台湾での生活や大学進学、家業への入社、ホテルの立ち上げ、新型コロナウイルス感染拡大期のホテル運営など、目の前に訪れた出来事に1つずつ本気で向き合ってきました。

実際、私が「HOTEL GREAT MORNING」に足を運んだときにも、チェックアウトされるお客様が「絶対にまた来ます!」と笑顔で言い残して出発される姿を目にしました。

楽天トラベルの「福岡 人気ホテル・旅館ランキング」で総合1位を獲得するホテル事業の背景とは———
現在、会社の代表を務める二枝社長に、これまでの経験や仕事への向き合い方、そして若者へのメッセージを伺いました。


挑戦の始まり―夢も目標もなかった学生時代―

私は1993年生まれで、福岡県で生まれ育ちました。
小学校から中学校までは野球を頑張っていましたが、中学生の途中でやめました。そこからは勉強もせず、夢や目標もないまま過ごしていました。

高校は東福岡高校に進学しました。男子校に行けば、自分も何か変われるのではないかと思っていましたが、入学しただけでは何も変わりませんでした。
部活動には入らず、高校1年生から3年生まではアルバイトをしていました。
接客業のアルバイトが楽しくなり、学校終わりに働いて、次の日学校へ行って寝るような生活をしていました。その瞬間は楽しかったのですが、勉強もしていなかったので、卒業後は就職するつもりでした。

そんなとき、父の友人から「夢も目標もないなら、台湾に留学してみないか」と声をかけてもらいました。面白そうだと思い、高校卒業後に台湾へ行くことを決めました。


台湾での経験―何もなかったから、二つの言語を学べた―

最初は語学留学として台湾へ行きました。
1年ほどで言葉を習得できると思っていましたが、なかなか身につかず、これからどうしようかと考えるようになりました。

そのとき、日本では大学に進学していなかったことを思い出し、台湾の大学へ入学しました。大学では、教科書が英語で、先生は中国語で授業をしていました。それまで何も勉強してこなかった私が、中国語と英語の両方を学ぶことになりました。
すごくきつかったのですが、おかげで中国語も英語も習得することができました。

当時の台湾は物価が安く、日本はリーマンショック後の円高でした。親からすると、日本の大学へ通うよりも低い金額で大学を卒業でき、中国語と英語も習得して帰ってきたということで、喜んでくれました。

私は6人兄弟の5番目で、次男です。
ほかの兄弟は地元の公立高校へ進学していましたが、私だけが私立高校へ進学しました。
両親には一番心配をかけたと思います。ただ、それが結果として台湾へ行くきっかけになり、さまざまな経験や出会いにつながりました。

台湾では、日本にいるだけでは経験しないような出来事もあり、当時は大変でしたが、振り返ると、そこでたくましさや度胸が身についたと思います。


入社の決断―身につけた語学が、責任に変わった―

大学卒業後は、本当は別の会社へ就職したいと思っていました。
せっかく中国語と英語を覚えたので、海外で働くことも考えていました。

しかし、大学在学中に、父が経営する会社と中国の会社との間で大きな契約の話が進んでいました。私は中国語を話すことができたため、在学中から通訳のような形で商談に入っていました。

その契約が実際に決まったとき、中国語を話せるのは社内で私だけでした。また、相手の会社も、私がいることで少し安心してくれたのではないかと思います。

自分が関わって結ばれた契約には、最後まで責任を持ちたい。
その気持ちから、父の会社へ入社しました。

自分の強い希望で家業に入ったというよりは、目の前のご縁と責任を引き受けた結果、今の道につながったという感覚です。


現場で学んだこと―3つの事業を同時に経験する―

入社後は、中国の方々との仕事に携わりました。

風の出ない冷暖房システム「F-CON」の中国代理店になっていただいたため、日本で使っていた資料を中国語に翻訳したり、中国向けの資料を作成したりしていました。
同時に、会社が長く運営している雑貨店の店舗にも入りました。

この店舗では、「人と星に優しい暮らしの提案」を行っています。人や環境に優しい生活用品、食べ物、洋服などを提案しています。「F-CON」も、人と環境に優しい空気環境をつくるシステムです。

一見するとさまざまな事業を行っているように見えますが、会社としては“健康と環境に特化した事業”を展開しています。
デスクワークだけでなく、店舗の立ち上げや接客も経験しました。接客では、たくさん失敗も経験しました。

さらに、私が入社した頃には、ホテルの建設という話も進んでいました。
入社直後は、海外事業、小売事業、ホテルの立ち上げという三つの仕事を同時に行っていました。

当時は今ほど人数も多くなく、長い時間働くこともありました。
すごくきつかったという思いもあります。

ただ、デスクワークだけではなく、店舗でお客様と接し、ホテルの立ち上げにも関わり、いろいろな立場を経験できたことは、経営をするうえでも大きな財産になっています。


危機を見直す時間に変えたーコロナ禍のホテル再生―

ホテルは2018年11月にオープンしました。
立ち上げの時期には私も関わっていましたが、その後は「F-CON」の仕事が忙しくなり、ホテルは支配人に任せて、私は別の事業部で仕事をしていました。

一方で、ホテルに対しては「もっとこうしたら良くなるのに」「もっとこのような提案ができれば、お客様に喜んでもらえるのに」という思いを持っていました。
その後、支配人が家族のもとへ帰ることになり、ほぼ同じ時期に新型コロナウイルスの感染拡大が始まりました。

私はホテルの現場に入り、妻と二人でホテルに泊まり込みながら運営を続けました。
コロナ禍でお客様が少なくなっていた時期に、ホテルのサービスや制作物、デザイン、ロゴなどをリニューアルしました。

父が伝えたいと思っていた理念やコンセプトと、当時のホテルのデザインには少しずれがあると感じていたからです。
お客様が少ない時期だったからこそ、「整えるなら今だ」と考えました。
リニューアルした内容が、少しずつ売上にもつながっていきました。


高い満足度につながっているのは、お客様の存在

このホテルは、父が「こういうホテルがあったらいい」と考えて建てたホテルです。
最初からコンセプトがしっかりしていました。

コンセプトが明確であれば、そのコンセプトを信じるお客様が来てくださいます。
そのため、自然と満足度も高くなるのだと思います。

口コミでは、「接客が素敵」「スタッフが素敵」と書いていただくことがあります。
ただ、会社として、接客に関する厳しい教育を行っているわけではありません。

お客様が素晴らしいからこそ、スタッフもそのお客様に応えようと自発的に接客しているのだと思います。
その結果、高い満足度につながっているのではないでしょうか。

現在は、関東や関西からのお客様が多く、宿泊者の半分ほどが海外からのお客様です。
海外のお客様は、韓国、台湾、香港など、アジア圏の方が中心です。

海外の方には、エアコンの風が苦手な方も多くいます。特に韓国では冬に床を暖める文化があり、エアコンで肌が乾燥することを嫌がる方もいます。

そのような方々に、風の出ない冷暖房システムを喜んでいただいています。


事業継承へー創業者の思いを受け継ぎ、自分らしい経営を目指すー

コロナ禍にホテルへ入り、サービスやデザインを整え、それが売上につながったことは、事業承継を考えるきっかけの一つになりました。

コロナの頃から、父とは事業承継について考えていかなければならないという話をしていました。そして、昨年8月に代表を受け継ぎました。

会社には、勤続年数が20年、30年になる方もいれば、比較的若い方もいます。
私以外の取締役も現在33歳です。

その取締役は、インターンとして会社に入り、その後就職し、約10年働いて取締役になりました。現在、会社の中でも特に頑張ってくれています。
FUTAEDA株式会社では、学歴やこれまでのキャリアよりも、その人がどのように頑張っているかを見るタイプです。頑張っているのであれば、役職に抜擢します。


福岡の若者へのメッセージー目標がなくても、まず1つのことに本気になってみるー

私自身も、NEO九州未来評議会やNEO ACADEMIAの講義に積極的に参加しています。
社員が参加するだけでなく、私自身も一緒に学びます。
人は、関わる人や環境によって、新しい自分を発見できます。
当社の社員も、NEOに集まる熱量のある人たちと行動を共にすることで、自分自身の魅力に気づくきっかけになってほしいと思っています。

また、福岡は新しい挑戦に対して、応援してくださる方が多くいる場所だと感じています。
福岡で挑戦するのであれば、「できるかもしれない」と思ったことには、
どんどん取り組んでみてほしいです。

若くても受け入れられる土壌はあると思います。

AIやSNSなどの分野では、若い人の方が優れていることもあります。
そのような分野では、若い人がリーダーシップを取っていけると思います。
また、夢や目標が見つからない人は、まず一緒に働く「人」を見てほしいです。
どれだけ良い場所でも、人が良くなければ働き続けるのはきついと思います。
反対に、その場所にいる人が良いのであれば、職種に関係なく、一度本気で頑張ってみる。

私も、もともとホテルに興味があったわけではありません。
ホテルを運営することになり、掃除、チェックイン、修繕、定期清掃などに取り組みながら、一つのことに集中しました。
本気で取り組むことで、「もっとこうした方がいい」「こうしたらお客様が喜ぶのではないか」ということが見えてきます。
その発見は、ホテル業界以外でも通じるものになります。

まずは、一つのことに集中して、本気で取り組んでみる。
そこで何かを見つけられることが重要だと思います。
そして、ぜひ海外にも行ってみてほしいです。
私自身、台湾へ行ったことがきっかけで海外が好きになり、香港や韓国へ行く機会も増えました。ニューヨークへ滞在した際は、現地の様々なホテルに宿泊し、日本にはまだ広がっていなかった仕組みや、環境への考え方に触れました。

日本では環境への配慮を特別な取り組みとして発信することがありますが、現地では当たり前のこととして行われています。
その経験は、現在のホテルづくりにもつながっています。


目の前に現れた機会や役割から逃げず、その一つひとつに本気で向き合ってきた。
その積み重ねが、語学の習得やホテルの再生、そして現在の経営へとつながっていました。

取材の中で印象に残ったのは、「夢や目標がなくてもいい」という言葉でした。

やりたいことが分からないとき、私たちはつい「自分は何をしたいのだろう」と答えを探そうとしてしまいます。

しかし、その答えは考え続けるだけではなく、目の前の何かに本気で取り組んだ先で見つかることもあるのかもしれません。

実際にホテルを訪れた際、チェックアウトするお客様がスタッフの方に「絶対にまた来ます!」と笑顔で声をかけている姿を目にしました。

その光景は、二枝社長やスタッフの皆さんが、一つひとつの仕事とお客様に向き合ってきた積み重ねそのもののように感じました。

最初から、大きな夢がなくてもいい。
まずは、今、自分の目の前にある一つのことに本気になってみる。
その先に、今はまだ見えていない自分の可能性や、次の挑戦が待っているのかもしれません。

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